巨人の歴代監督を調べていると、「同じ監督が何度も登場するのはなぜ?」「勝利数が最も多い監督は誰?」と迷うことがあります。
巨人では、長嶋茂雄・藤田元司・原辰徳の3人が、期間を空けて監督に再登板しています。また、創設期や戦後直後には複数の監督名が記録された年度もあるため、単純に名前を数えるだけでは正確な全体像がつかめません。
この記事では、読売巨人軍の歴代監督を就任順に整理し、在任期間、年度別順位、勝敗、リーグ優勝、日本一の回数を紹介します。監督代行は常任監督と分け、2026年の成績には確認日を付けています。
この記事の結論
- 現在、一軍を指揮しているのは橋上秀樹監督代行です。2026年5月26日から阿部慎之助監督に代わって指揮しています。
- 監督通算勝利数の球団最多は原辰徳監督の1,291勝です。
- リーグ優勝と日本一が最も多いのは、いずれも川上哲治監督の11回です。
- 巨人は球団通算で一リーグ時代9回、セ・リーグ39回、日本シリーズ22回の優勝を記録しています。
※2026年の順位・勝敗は、NPBが掲載する2026年8月1日現在の途中経過です。
巨人の歴代監督一覧【就任順】
まずは、巨人の歴代監督を就任順に確認しましょう。同じ人物が再び監督になった場合は、第1次・第2次・第3次に分けています。
| 監督名 | 在任期間 | 就任区分 | 主な記録・備考 |
|---|---|---|---|
| 三宅大輔 | 1934~1935年 | 創設期 | 球団創設期の監督。公式の背番号変遷では「総監督」と記録 |
| 浅沼誉夫 | 1935~1936年 | 創設期 | 公式の背番号変遷で監督として記録 |
| 藤本定義 | 1936~1942年 | 第1次 | NPBの年度別成績に登場する最初の監督 |
| 中島治康 | 1943年、1946~1947年 | 第1次・第2次 | 1946年は藤本英雄、1947年は三原修と複数併記 |
| 藤本英雄 | 1944年、1946年 | 第1次・第2次 | 1946年は中島治康と複数併記 |
| 三原修 | 1947~1949年 | 第1次 | 1947年は中島治康と複数併記、1949年優勝 |
| 水原茂(水原円裕) | 1950~1960年 | 第1次 | リーグ優勝8回、日本一4回 |
| 川上哲治 | 1961~1974年 | 第1次 | リーグ優勝11回、日本一11回。1965~1973年にV9 |
| 長嶋茂雄 | 1975~1980年、1993~2001年 | 第1次・第2次 | リーグ優勝5回、日本一2回、通算1,034勝 |
| 藤田元司 | 1981~1983年、1989~1992年 | 第1次・第2次 | リーグ優勝4回、日本一2回、通算516勝 |
| 王貞治 | 1984~1988年 | 第1次 | 1987年にリーグ優勝 |
| 原辰徳 | 2002~2003年、2006~2015年、2019~2023年 | 第1次・第2次・第3次 | 球団最多1,291勝。リーグ優勝9回、日本一3回 |
| 堀内恒夫 | 2004~2005年 | 第1次 | 2シーズン指揮 |
| 高橋由伸 | 2016~2018年 | 第1次 | 3シーズン指揮 |
| 阿部慎之助 | 2024年~2026年5月 | 第1次 | 第20代監督。2024年にリーグ優勝、2026年5月26日に辞任 |
2026年の監督体制について
阿部慎之助監督の辞任を受け、2026年5月26日から橋上秀樹オフェンスチーフコーチが監督代行を務めています。橋上監督代行は常任監督とは分け、本記事の歴代監督一覧の人数には含めていません。
ここで注意したいのは、「監督を務めた人物の数」と「第○代」という呼び方が一致しないことです。再登板を新しい代として数える場合があるほか、創設期には総監督という役職もありました。そのため、本記事では人数を強調せず、人物名と就任期間の両方を示しています。
また、1946年と1947年はNPBの年度別成績で監督名が複数併記されています。この2年のチーム勝利数を、特定の監督一人の通算勝利として単純に割り振ることはできません。
監督交代の流れがわかるタイムライン
1934~1960年
三宅大輔・浅沼誉夫から藤本定義、中島治康、藤本英雄、三原修、水原茂へ
1961~1980年
川上哲治の14年間を経て、長嶋茂雄の第1次政権へ
1981~2001年
藤田元司、王貞治、再び藤田元司、長嶋茂雄の第2次政権へ
2002~2023年
原辰徳の第1次・第2次・第3次政権の間に堀内恒夫、高橋由伸が就任
2024~2026年5月
阿部慎之助が第20代監督に就任。2026年5月26日に辞任
2026年5月26日~
橋上秀樹が監督代行として一軍を指揮
巨人の年度別監督・順位・勝敗一覧
1936年以降の監督と年度別成績は次のとおりです。勝敗は「勝-敗-分」の順で、2026年だけはシーズン途中の数字です。
| 年度 | 監督 | 順位 | 勝-敗-分 | 勝率 |
|---|---|---|---|---|
| 1936※ | 藤本定義 | ― | 2-5-0 | .286 |
| 1936秋 | 藤本定義 | ― | 18-9-0 | .667 |
| 1937春 | 藤本定義 | 1 | 41-13-2 | .759 |
| 1937秋 | 藤本定義 | 2 | 30-18-0 | .625 |
| 1938春 | 藤本定義 | 2 | 24-11-0 | .686 |
| 1938秋 | 藤本定義 | 1 | 30-9-1 | .769 |
| 1939 | 藤本定義 | 1 | 66-26-4 | .717 |
| 1940 | 藤本定義 | 1 | 76-28-0 | .731 |
| 1941 | 藤本定義 | 1 | 62-22-2 | .738 |
| 1942 | 藤本定義 | 1 | 73-27-5 | .730 |
| 1943 | 中島治康 | 1 | 54-27-3 | .667 |
| 1944 | 藤本英雄 | 2 | 19-14-2 | .576 |
| 1946 | 藤本英雄・中島治康 | 2 | 64-39-2 | .621 |
| 1947 | 中島治康・三原修 | 5 | 56-59-4 | .487 |
| 1948 | 三原修 | 2 | 83-55-2 | .601 |
| 1949 | 三原修 | 1 | 85-48-1 | .639 |
| 1950 | 水原茂 | 3 | 82-54-4 | .603 |
| 1951 | 水原茂 | 1 | 79-29-6 | .731 |
| 1952 | 水原茂 | 1 | 83-37-0 | .692 |
| 1953 | 水原茂 | 1 | 87-37-1 | .702 |
| 1954 | 水原茂 | 2 | 82-47-1 | .636 |
| 1955 | 水原円裕 | 1 | 92-37-1 | .713 |
| 1956 | 水原円裕 | 1 | 82-44-4 | .646 |
| 1957 | 水原円裕 | 1 | 74-53-3 | .581 |
| 1958 | 水原円裕 | 1 | 77-52-1 | .596 |
| 1959 | 水原円裕 | 1 | 77-48-5 | .612 |
| 1960 | 水原茂 | 2 | 66-61-3 | .519 |
| 1961 | 川上哲治 | 1 | 71-53-6 | .569 |
| 1962 | 川上哲治 | 4 | 67-63-4 | .515 |
| 1963 | 川上哲治 | 1 | 83-55-2 | .601 |
| 1964 | 川上哲治 | 3 | 71-69-0 | .507 |
| 1965 | 川上哲治 | 1 | 91-47-2 | .659 |
| 1966 | 川上哲治 | 1 | 89-41-4 | .685 |
| 1967 | 川上哲治 | 1 | 84-46-4 | .646 |
| 1968 | 川上哲治 | 1 | 77-53-4 | .592 |
| 1969 | 川上哲治 | 1 | 73-51-6 | .589 |
| 1970 | 川上哲治 | 1 | 79-47-4 | .627 |
| 1971 | 川上哲治 | 1 | 70-52-8 | .574 |
| 1972 | 川上哲治 | 1 | 74-52-4 | .587 |
| 1973 | 川上哲治 | 1 | 66-60-4 | .524 |
| 1974 | 川上哲治 | 2 | 71-50-9 | .587 |
| 1975 | 長嶋茂雄 | 6 | 47-76-7 | .382 |
| 1976 | 長嶋茂雄 | 1 | 76-45-9 | .628 |
| 1977 | 長嶋茂雄 | 1 | 80-46-4 | .635 |
| 1978 | 長嶋茂雄 | 2 | 65-49-16 | .570 |
| 1979 | 長嶋茂雄 | 5 | 58-62-10 | .483 |
| 1980 | 長嶋茂雄 | 3 | 61-60-9 | .504 |
| 1981 | 藤田元司 | 1 | 73-48-9 | .603 |
| 1982 | 藤田元司 | 2 | 66-50-14 | .569 |
| 1983 | 藤田元司 | 1 | 72-50-8 | .590 |
| 1984 | 王貞治 | 3 | 67-54-9 | .554 |
| 1985 | 王貞治 | 3 | 61-60-9 | .504 |
| 1986 | 王貞治 | 2 | 75-48-7 | .610 |
| 1987 | 王貞治 | 1 | 76-43-11 | .639 |
| 1988 | 王貞治 | 2 | 68-59-3 | .535 |
| 1989 | 藤田元司 | 1 | 84-44-2 | .656 |
| 1990 | 藤田元司 | 1 | 88-42-0 | .677 |
| 1991 | 藤田元司 | 4 | 66-64-0 | .508 |
| 1992 | 藤田元司 | 2 | 67-63-0 | .515 |
| 1993 | 長嶋茂雄 | 3 | 64-66-1 | .492 |
| 1994 | 長嶋茂雄 | 1 | 70-60-0 | .538 |
| 1995 | 長嶋茂雄 | 3 | 72-58-1 | .554 |
| 1996 | 長嶋茂雄 | 1 | 77-53-0 | .592 |
| 1997 | 長嶋茂雄 | 4 | 63-72-0 | .467 |
| 1998 | 長嶋茂雄 | 3 | 73-62-0 | .541 |
| 1999 | 長嶋茂雄 | 2 | 75-60-0 | .556 |
| 2000 | 長嶋茂雄 | 1 | 78-57-0 | .578 |
| 2001 | 長嶋茂雄 | 2 | 75-63-2 | .543 |
| 2002 | 原辰徳 | 1 | 86-52-2 | .623 |
| 2003 | 原辰徳 | 3 | 71-66-3 | .518 |
| 2004 | 堀内恒夫 | 3 | 71-64-3 | .526 |
| 2005 | 堀内恒夫 | 5 | 62-80-4 | .437 |
| 2006 | 原辰徳 | 4 | 65-79-2 | .451 |
| 2007 | 原辰徳 | 1 | 80-63-1 | .559 |
| 2008 | 原辰徳 | 1 | 84-57-3 | .596 |
| 2009 | 原辰徳 | 1 | 89-46-9 | .659 |
| 2010 | 原辰徳 | 3 | 79-64-1 | .552 |
| 2011 | 原辰徳 | 3 | 71-62-11 | .534 |
| 2012 | 原辰徳 | 1 | 86-43-15 | .667 |
| 2013 | 原辰徳 | 1 | 84-53-7 | .613 |
| 2014 | 原辰徳 | 1 | 82-61-1 | .573 |
| 2015 | 原辰徳 | 2 | 75-67-1 | .528 |
| 2016 | 高橋由伸 | 2 | 71-69-3 | .507 |
| 2017 | 高橋由伸 | 4 | 72-68-3 | .514 |
| 2018 | 高橋由伸 | 3 | 67-71-5 | .486 |
| 2019 | 原辰徳 | 1 | 77-64-2 | .546 |
| 2020 | 原辰徳 | 1 | 67-45-8 | .598 |
| 2021 | 原辰徳 | 3 | 61-62-20 | .496 |
| 2022 | 原辰徳 | 4 | 68-72-3 | .486 |
| 2023 | 原辰徳 | 4 | 71-70-2 | .504 |
| 2024 | 阿部慎之助 | 1 | 77-59-7 | .566 |
| 2025 | 阿部慎之助 | 3 | 70-69-4 | .504 |
| 2026※ | 阿部慎之助・橋上秀樹(監督代行) | 2 | 51-41-2 | .554 |
※1945年は戦争の影響で公式リーグ戦が行われていません。
※1936年の表記と順位欄はNPB掲載形式に準拠しています。
※2026年は2026年8月1日現在のチーム成績です。阿部監督個人の成績ではなく、橋上監督代行が指揮した試合も含みます。シーズン終了後に確定値へ更新してください。
1930~1969年|創設期から川上監督のV9時代へ
巨人は1934年12月26日に創立されました。創設期の公式記録には、三宅大輔が総監督、浅沼誉夫が監督として掲載されています。ただし、この時期は現在のプロ野球リーグが始まる前で、役職や監督の数え方が現在と同じではありません。
NPBの年度別成績が始まる1936年には藤本定義が監督を務めています。藤本監督の時代は、1937年春、1938年秋、1939年から1942年まで1位となり、巨人が初期のプロ野球を代表する球団になる土台が築かれました。
1943年は中島治康、1944年は藤本英雄が指揮。戦後の1946年には藤本英雄と中島治康、1947年には中島治康と三原修の名前が併記されています。監督交代の時期まで確認しなければ個人別の勝敗を正確に分けられないため、本記事の監督別勝利ランキングでは、この2年のチーム勝利を誰か一人に加えていません。
三原修監督は1949年に優勝。1950年からは水原茂監督が11シーズン指揮し、リーグ優勝8回、日本一4回を記録しました。NPBの年度別表では、1955~1959年の氏名が「水原円裕」となっていますが、同一人物です。
1961年に川上哲治監督が就任すると、1961年と1963年にリーグ優勝と日本一を達成。さらに1965年から1973年まで、9年連続でリーグ優勝と日本一を成し遂げました。これが「V9」と呼ばれる時代です。
1970~1999年|V9後から長嶋監督の第2次政権まで
川上監督は1970~1973年も1位となり、V9を完成させました。1974年は2位で、同年を最後に退任。14年間でリーグ優勝11回、日本一11回という記録を残しています。
1975年、長嶋茂雄監督の第1次政権が始まりました。就任初年度は球団史上初の最下位でしたが、1976年と1977年には2年連続でリーグ優勝。結果だけを切り取ると大きな振れ幅がありますが、最下位の翌年に優勝した点も長嶋監督時代の重要な記録です。
1981年からは藤田元司監督が指揮し、就任1年目にリーグ優勝と日本一を達成。1983年にもリーグ優勝しました。1984~1988年は王貞治監督が務め、1987年にリーグ優勝を記録しています。
1989年に藤田監督が再登板すると、1989年は日本一、1990年はリーグ優勝。1993年からは長嶋監督の第2次政権に入り、1994年と1996年にリーグ優勝しました。1994年は日本シリーズも制しています。
2000~2009年|長嶋・原・堀内監督の時代
2000年、長嶋監督はリーグ優勝と日本一を達成しました。第1次政権と第2次政権を合わせた監督成績は1,034勝889敗59分、リーグ優勝5回、日本一2回です。
2002年に原辰徳監督が就任すると、初年度に86勝を挙げてリーグ優勝。日本シリーズでも勝ち、日本一になりました。2004~2005年は堀内恒夫監督が指揮し、2006年から原監督が再登板します。
第2次原政権では、2007~2009年にリーグ3連覇。2008年は日本シリーズで敗れましたが、2009年にはリーグ優勝と日本一を達成しました。複数回の就任期間を通算して見ることで、原監督の勝利数や優勝回数が大きい理由がわかります。
2010~2019年|原監督から高橋監督、再び原監督へ
原監督は2012~2014年にもリーグ3連覇を達成し、2012年は日本一になりました。2015年を最後に第2次政権が終了し、2016年から高橋由伸監督が3シーズン指揮しました。
高橋監督時代の順位は2位、4位、3位。リーグ優勝には届きませんでしたが、3年ともシーズンを通して監督を務めています。
2019年には原監督が3度目の就任。77勝64敗2分でリーグ優勝し、監督通算1,000勝にも到達しました。期間を空けて3度監督に就任したのは、巨人の歴代監督を整理するときに特に間違えやすいポイントです。
2020年以降|原監督から阿部監督、橋上監督代行へ
2020年、原監督はリーグ2連覇を達成しました。同年9月9日に川上監督の球団記録1,066勝に並び、その後1,067勝として球団新記録を更新しています。巨人公式が発表している最終的な監督通算成績は、17年間で1,291勝です。
NPBの年度別表は監督個人ではなく、監督代行が指揮した試合も含むチーム全体の成績です。そのため、監督個人の通算記録には、巨人公式が発表している1,291勝を採用します。
2024年から阿部慎之助監督が就任しました。巨人公式では第20代監督とされ、就任1年目に77勝59敗7分でリーグ優勝。2025年は70勝69敗4分の3位でした。
2026年は阿部監督が開幕から46試合を指揮し、24勝22敗、勝率.522を記録しました。5月26日に阿部監督が辞任し、同日から橋上秀樹オフェンスチーフコーチが監督代行として一軍を指揮しています。
チーム全体では8月1日現在、94試合を終えて51勝41敗2分、勝率.554の2位です。この数字は阿部監督個人の成績ではなく、橋上監督代行が指揮した試合を含む2026年のチーム成績です。シーズン途中の暫定値のため、今後の試合結果によって変わります。
巨人歴代監督の成績・勝利数・優勝回数を比較
巨人監督としての通算勝利数上位5人を比較すると、原辰徳監督が1,291勝で最多です。川上哲治監督が1,066勝、長嶋茂雄監督が1,034勝で続きます。
| 順位 | 監督 | 通算勝利 | リーグ優勝 | 日本一 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 原辰徳 | 1,291勝 | 9回 | 3回 |
| 2 | 川上哲治 | 1,066勝 | 11回 | 11回 |
| 3 | 長嶋茂雄 | 1,034勝 | 5回 | 2回 |
| 4 | 水原茂 | 881勝 | 8回 | 4回 |
| 5 | 藤田元司 | 516勝 | 4回 | 2回 |
勝利数と優勝回数は同じランキングにはなりません。原監督は17シーズンを指揮して勝利数が最多。一方、優勝回数では14シーズンでリーグ優勝11回、日本一11回の川上監督がトップです。
長嶋監督は2度の就任期間を合計して15シーズン、水原監督は11シーズン、藤田監督は2度の就任期間を合わせて7シーズン指揮しています。長く指揮した監督ほど勝利数を積み上げやすいため、監督を比較するときは在任年数、勝利数、優勝回数を一緒に見ることが大切です。
なお、NPBの球団別インデックスによると、巨人の球団通算優勝回数は一リーグ時代9回、セ・リーグ39回、日本シリーズ22回です。監督別のリーグ優勝を合計する場合は、一リーグ時代とセ・リーグを合わせて考えます。
巨人選手を含む打撃タイトルの記録も確認したい方は、プロ野球の歴代ホームラン王一覧もあわせてご覧ください。
巨人の歴史を本でもっと深く知りたい方へ
歴代監督の采配や当時のチーム事情は、巨人軍史や監督・選手の回想録を読むと、さらに立体的に見えてきます。V9時代や名将たちの舞台裏など、記事だけでは紹介しきれないエピソードを知りたい方は、関連書籍もチェックしてみてください。
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巨人の歴代監督に関するよくある質問
現在の巨人監督は誰ですか?
現在、一軍を指揮しているのは橋上秀樹監督代行です。阿部慎之助監督が2026年5月26日に辞任し、同日から橋上秀樹オフェンスチーフコーチが監督代行を務めています。
巨人の初代監督は誰ですか?
創設期の監督として最初に挙げられるのは三宅大輔です。ただし、巨人公式の背番号変遷では「総監督」と表記され、浅沼誉夫は「監督」と記録されています。創設期は現在と役職体系が異なるため、資料の表記を添えて説明するのが正確です。
巨人監督で勝利数が最も多いのは誰ですか?
原辰徳監督です。2002~2003年、2006~2015年、2019~2023年の17シーズンを指揮し、巨人公式の監督通算記録は1,291勝です。2020年には川上哲治監督の1,066勝を抜き、球団新記録を達成しました。
監督代行は歴代監督に含まれますか?
数え方によって異なります。本記事では、一時的に指揮した監督代行を常任監督の一覧には含めていません。2026年5月26日から指揮する橋上秀樹監督代行も、常任監督とは分けて扱っています。球団の「第○代」という表現、人物数、監督代行を含めた人数は一致しない場合があります。
まとめ
巨人の歴代監督は、創設期の三宅大輔・浅沼誉夫から、第20代の阿部慎之助監督まで受け継がれてきました。長嶋茂雄・藤田元司・原辰徳のように再登板した監督がいるため、就任順を見るときは同じ人物を別人として数えないことがポイントです。
監督通算勝利数の最多は原辰徳監督の1,291勝。リーグ優勝と日本一の最多は、V9を達成した川上哲治監督の各11回です。阿部監督は2024年に就任初年度でリーグ優勝を果たし、2026年5月に辞任。現在は橋上秀樹監督代行が一軍を指揮しています。
2026年の成績はシーズン途中のため、この記事では2026年8月1日現在の数字を掲載しています。シーズン終了後は、最終順位・勝敗・勝率を確定値へ更新してください。
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参考:NPB「読売ジャイアンツ 年度別成績」、NPB「読売ジャイアンツ監督代行のお知らせ」、NPB「2026年度 監督・コーチ一覧」、NPB「球団別インデックス」、読売巨人軍公式「巨人軍年表 1930~1969」ほか。記録確認日:2026年8月3日。

