日本の歴代総理大臣を、初代・伊藤博文から現職の第105代・高市早苗まで、全65人を一覧表でまとめました。在任期間ランキングTOP10、都道府県別の出身地データ、出身大学ランキング、さらに受験にも使える語呂合わせの覚え方まで網羅しています。「あの総理って何代目だっけ?」という疑問をこの1記事で解決します。
歴代総理大臣一覧表【初代〜第105代】
1885年(明治18年)に内閣制度が創設されてから現在まで、日本には105代・65人の内閣総理大臣が誕生しています。「代」は内閣の数を、「人数」は実際の総理の数をカウントしたもので、同じ人物が複数回就任しているケースがあるため代数と人数は一致しません。以下、時代別に一覧表で紹介します。
明治時代の総理大臣(第1代〜第14代)
明治時代は薩摩藩・長州藩出身者が中心の「藩閥政治」の時代でした。初代の伊藤博文は4度にわたって総理に就任しています。
| 代 | 氏名 | 在任期間 | 在任日数 | 出身地 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 伊藤博文(第1次) | 1885年12月〜1888年4月 | 861日 | 山口県 |
| 2 | 黒田清隆 | 1888年4月〜1889年10月 | 544日 | 鹿児島県 |
| 3 | 山縣有朋(第1次) | 1889年12月〜1891年5月 | 499日 | 山口県 |
| 4 | 松方正義(第1次) | 1891年5月〜1892年8月 | 461日 | 鹿児島県 |
| 5 | 伊藤博文(第2次) | 1892年8月〜1896年8月 | 1,485日 | 山口県 |
| 6 | 松方正義(第2次) | 1896年9月〜1898年1月 | 482日 | 鹿児島県 |
| 7 | 伊藤博文(第3次) | 1898年1月〜1898年6月 | 170日 | 山口県 |
| 8 | 大隈重信(第1次) | 1898年6月〜1898年11月 | 132日 | 佐賀県 |
| 9 | 山縣有朋(第2次) | 1898年11月〜1900年10月 | 711日 | 山口県 |
| 10 | 伊藤博文(第4次) | 1900年10月〜1901年5月 | 204日 | 山口県 |
| 11 | 桂太郎(第1次) | 1901年6月〜1906年1月 | 1,681日 | 山口県 |
| 12 | 西園寺公望(第1次) | 1906年1月〜1908年7月 | 920日 | 京都府 |
| 13 | 桂太郎(第2次) | 1908年7月〜1911年8月 | 1,143日 | 山口県 |
| 14 | 西園寺公望(第2次) | 1911年8月〜1912年12月 | 480日 | 京都府 |
明治時代だけで山口県出身者が延べ8回、実人数で3人(伊藤博文・山縣有朋・桂太郎)が総理に就任しています。この流れが「山口県=総理大臣の産地」というイメージの原点です。
大正時代の総理大臣(第15代〜第27代)
大正時代は「大正デモクラシー」の流れのなかで、政党政治が本格化した時代です。初の本格的政党内閣である原敬内閣もこの時代に誕生しました。
| 代 | 氏名 | 在任期間 | 在任日数 | 出身地 |
|---|---|---|---|---|
| 15 | 桂太郎(第3次) | 1912年12月〜1913年2月 | 62日 | 山口県 |
| 16 | 山本權兵衞(第1次) | 1913年2月〜1914年4月 | 421日 | 鹿児島県 |
| 17 | 大隈重信(第2次) | 1914年4月〜1916年10月 | 908日 | 佐賀県 |
| 18 | 寺内正毅 | 1916年10月〜1918年9月 | 721日 | 山口県 |
| 19 | 原敬 | 1918年9月〜1921年11月 | 1,133日 | 岩手県 |
| 20 | 高橋是清 | 1921年11月〜1922年6月 | 212日 | 東京都 |
| 21 | 加藤友三郎 | 1922年6月〜1923年8月 | 440日 | 広島県 |
| 22 | 山本權兵衞(第2次) | 1923年9月〜1924年1月 | 128日 | 鹿児島県 |
| 23 | 清浦奎吾 | 1924年1月〜1924年6月 | 157日 | 熊本県 |
| 24 | 加藤高明 | 1924年6月〜1926年1月 | 597日 | 愛知県 |
| 25 | 若槻禮次郎(第1次) | 1926年1月〜1927年4月 | 446日 | 島根県 |
| 26 | 田中義一 | 1927年4月〜1929年7月 | 805日 | 山口県 |
| 27 | 濱口雄幸 | 1929年7月〜1931年4月 | 636日 | 高知県 |
原敬は「平民宰相」と呼ばれ、爵位を持たない初めての総理大臣でした。現職中に暗殺されるという悲劇的な最期を迎えています。
昭和戦前の総理大臣(第28代〜第43代)
昭和戦前は軍部の影響力が増し、軍人出身の総理大臣が多く就任した時代です。
| 代 | 氏名 | 在任期間 | 在任日数 | 出身地 |
|---|---|---|---|---|
| 28 | 若槻禮次郎(第2次) | 1931年4月〜1931年12月 | 244日 | 島根県 |
| 29 | 犬養毅 | 1931年12月〜1932年5月 | 156日 | 岡山県 |
| 30 | 齋藤實 | 1932年5月〜1934年7月 | 774日 | 岩手県 |
| 31 | 岡田啓介 | 1934年7月〜1936年3月 | 611日 | 福井県 |
| 32 | 廣田弘毅 | 1936年3月〜1937年2月 | 331日 | 福岡県 |
| 33 | 林銑十郎 | 1937年2月〜1937年6月 | 123日 | 石川県 |
| 34 | 近衛文麿(第1次) | 1937年6月〜1939年1月 | 580日 | 東京都 |
| 35 | 平沼騏一郎 | 1939年1月〜1939年8月 | 238日 | 岡山県 |
| 36 | 阿部信行 | 1939年8月〜1940年1月 | 140日 | 石川県 |
| 37 | 米内光政 | 1940年1月〜1940年7月 | 189日 | 岩手県 |
| 38 | 近衛文麿(第2次) | 1940年7月〜1941年7月 | 362日 | 東京都 |
| 39 | 近衛文麿(第3次) | 1941年7月〜1941年10月 | 93日 | 東京都 |
| 40 | 東條英機 | 1941年10月〜1944年7月 | 1,009日 | 東京都 |
| 41 | 小磯國昭 | 1944年7月〜1945年4月 | 260日 | 栃木県 |
| 42 | 鈴木貫太郎 | 1945年4月〜1945年8月 | 133日 | 大阪府 |
| 43 | 東久邇宮稔彦王 | 1945年8月〜1945年10月 | 54日 | 京都府 |
犬養毅は五・一五事件で暗殺され、齋藤實は二・二六事件で殺害されました。また東久邇宮稔彦王はわずか54日の在任で、これは歴代最短記録です。
昭和戦後の総理大臣(第44代〜第80代)
戦後は日本国憲法のもと、議院内閣制による総理大臣が選出されるようになりました。吉田茂と佐藤栄作の長期政権が特徴的な時代です。
| 代 | 氏名 | 在任期間 | 在任日数 | 出身地 |
|---|---|---|---|---|
| 44 | 幣原喜重郎 | 1945年10月〜1946年5月 | 226日 | 大阪府 |
| 45 | 吉田茂(第1次) | 1946年5月〜1947年5月 | 368日 | 東京都 |
| 46 | 片山哲 | 1947年5月〜1948年3月 | 292日 | 和歌山県 |
| 47 | 芦田均 | 1948年3月〜1948年10月 | 220日 | 京都府 |
| 48-51 | 吉田茂(第2〜5次) | 1948年10月〜1954年12月 | 2,248日 | 東京都 |
| 52-54 | 鳩山一郎 | 1954年12月〜1956年12月 | 745日 | 東京都 |
| 55 | 石橋湛山 | 1956年12月〜1957年2月 | 65日 | 東京都 |
| 56-57 | 岸信介 | 1957年2月〜1960年7月 | 1,241日 | 山口県 |
| 58-60 | 池田勇人 | 1960年7月〜1964年11月 | 1,575日 | 広島県 |
| 61-63 | 佐藤栄作 | 1964年11月〜1972年7月 | 2,798日 | 山口県 |
| 64-65 | 田中角栄 | 1972年7月〜1974年12月 | 886日 | 新潟県 |
| 66 | 三木武夫 | 1974年12月〜1976年12月 | 747日 | 徳島県 |
| 67 | 福田赳夫 | 1976年12月〜1978年12月 | 714日 | 群馬県 |
| 68-69 | 大平正芳 | 1978年12月〜1980年6月 | 554日 | 香川県 |
| 70 | 鈴木善幸 | 1980年7月〜1982年11月 | 864日 | 岩手県 |
| 71-73 | 中曽根康弘 | 1982年11月〜1987年11月 | 1,806日 | 群馬県 |
| 74 | 竹下登 | 1987年11月〜1989年6月 | 576日 | 島根県 |
| 75 | 宇野宗佑 | 1989年6月〜1989年8月 | 69日 | 滋賀県 |
| 76-77 | 海部俊樹 | 1989年8月〜1991年11月 | 818日 | 愛知県 |
| 78 | 宮澤喜一 | 1991年11月〜1993年8月 | 644日 | 広島県 |
| 79 | 細川護熙 | 1993年8月〜1994年4月 | 263日 | 東京都 |
| 80 | 羽田孜 | 1994年4月〜1994年6月 | 64日 | 東京都 |
田中角栄は中央工学校卒(のちに日本大学夜間部中退)で、大学を卒業していない唯一の戦後総理大臣として知られます。「今太閤」と呼ばれ、その破天荒な人生は現在も多くの本や映画で語り継がれています。
平成・令和の総理大臣(第81代〜第105代)
平成以降は短命政権が続いた時期と、安倍晋三氏の歴代最長政権が対照的な時代です。そして2025年10月、高市早苗氏が初の女性総理大臣として就任しました。
| 代 | 氏名 | 在任期間 | 在任日数 | 出身地 |
|---|---|---|---|---|
| 81 | 村山富市 | 1994年6月〜1996年1月 | 561日 | 大分県 |
| 82-83 | 橋本龍太郎 | 1996年1月〜1998年7月 | 932日 | 東京都 |
| 84 | 小渕恵三 | 1998年7月〜2000年4月 | 616日 | 群馬県 |
| 85-86 | 森喜朗 | 2000年4月〜2001年4月 | 387日 | 石川県 |
| 87-89 | 小泉純一郎 | 2001年4月〜2006年9月 | 1,980日 | 神奈川県 |
| 90 | 安倍晋三(第1次) | 2006年9月〜2007年9月 | 366日 | 山口県 |
| 91 | 福田康夫 | 2007年9月〜2008年9月 | 365日 | 群馬県 |
| 92 | 麻生太郎 | 2008年9月〜2009年9月 | 358日 | 福岡県 |
| 93 | 鳩山由紀夫 | 2009年9月〜2010年6月 | 266日 | 東京都 |
| 94 | 菅直人 | 2010年6月〜2011年9月 | 452日 | 山口県 |
| 95 | 野田佳彦 | 2011年9月〜2012年12月 | 482日 | 千葉県 |
| 96-98 | 安倍晋三(第2〜4次) | 2012年12月〜2020年9月 | 2,822日 | 山口県 |
| 99 | 菅義偉 | 2020年9月〜2021年10月 | 384日 | 秋田県 |
| 100-101 | 岸田文雄 | 2021年10月〜2024年10月 | 1,094日 | 広島県 |
| 102-103 | 石破茂 | 2024年10月〜2025年10月 | 要確認 | 鳥取県 |
| 104-105 | 高市早苗 | 2025年10月〜現職 | 現職 | 奈良県 |
安倍晋三氏は第1次と第2〜4次を合わせた通算在職日数が3,188日で、歴代単独1位の記録を持っています。2022年7月に銃撃事件で亡くなり、現職ではありませんでしたが在任中以外に殺害された総理大臣として大きな衝撃を与えました。
※表内の在任日数は通算ではなく各内閣(または連続在任)ごとの日数です。正確な日数は首相官邸公式サイトでご確認ください。石破茂氏の在任日数は公開時点のデータで要確認です。
歴代総理大臣 在任期間ランキングTOP10
歴代総理大臣のなかで、誰が最も長く国のトップに立っていたのでしょうか。通算の在任日数でランキングにまとめました。
在任期間が長い総理大臣TOP10
| 順位 | 氏名 | 通算在任日数 | 就任回数 | 時代 |
|---|---|---|---|---|
| 1位 | 安倍晋三 | 3,188日 | 4回(第1次・第2〜4次) | 平成〜令和 |
| 2位 | 桂太郎 | 2,886日 | 3回 | 明治〜大正 |
| 3位 | 佐藤栄作 | 2,798日 | 3回 | 昭和 |
| 4位 | 伊藤博文 | 2,720日 | 4回 | 明治 |
| 5位 | 吉田茂 | 2,616日 | 5回 | 昭和 |
| 6位 | 小泉純一郎 | 1,980日 | 3回 | 平成 |
| 7位 | 中曽根康弘 | 1,806日 | 3回 | 昭和 |
| 8位 | 池田勇人 | 1,575日 | 3回 | 昭和 |
| 9位 | 山縣有朋 | 1,210日 | 2回 | 明治 |
| 10位 | 岸信介 | 1,241日 | 2回 | 昭和 |
1位の安倍晋三氏は、2位の桂太郎を約300日上回る圧倒的な長さです。桂太郎は明治〜大正時代の人物で、約100年もの間、在任期間1位の座を守り続けていました。佐藤栄作は安倍晋三氏の大叔父(祖父・岸信介の弟)にあたり、この一族から歴代TOP5のうち2人が出ていることになります。
在任期間が短い総理大臣TOP5
| 順位 | 氏名 | 在任日数 | 理由 |
|---|---|---|---|
| 1位 | 東久邇宮稔彦王 | 54日 | 終戦処理の一段落で辞任 |
| 2位 | 桂太郎(第3次) | 62日 | 憲政擁護運動(大正政変)で辞任 |
| 3位 | 羽田孜 | 64日 | 社会党の連立離脱で少数与党に |
| 4位 | 石橋湛山 | 65日 | 病気(脳梗塞)で辞任 |
| 5位 | 宇野宗佑 | 69日 | スキャンダル発覚で参院選惨敗 |
最短の東久邇宮稔彦王は皇族(元皇族)として唯一総理大臣に就任した人物でもあります。わずか54日は、就任から2ヶ月に満たない期間です。
歴代総理大臣の出身地・都道府県別ランキング
歴代総理大臣の出身地を都道府県別に見ると、明確な偏りがあります。
都道府県別・総理大臣輩出数ランキング
| 順位 | 都道府県 | 人数 | 主な総理大臣 |
|---|---|---|---|
| 1位 | 山口県 | 8人 | 伊藤博文、山縣有朋、桂太郎、寺内正毅、田中義一、岸信介、佐藤栄作、安倍晋三 |
| 2位 | 東京都 | 5人 | 高橋是清、近衛文麿、東條英機、鈴木善幸※岩手、細川護熙ほか |
| 3位 | 岩手県 | 4人 | 原敬、齋藤實、米内光政、鈴木善幸 |
| 3位 | 群馬県 | 4人 | 福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三、福田康夫 |
| 5位 | 広島県 | 4人 | 加藤友三郎、池田勇人、宮澤喜一、岸田文雄 |
※出身地の定義(出生地 or 選挙区)により数え方が異なる場合があります。
東京都はやや特殊で、東京生まれでも本籍地や家系のルーツが他県にあるケースが多く、数え方によって順位が変動します。明確に「地方出身」としてカウントすると、山口県の8人が群を抜いています。
山口県から総理大臣が多い理由
山口県はかつての長州藩にあたり、幕末の倒幕運動を主導した土地です。明治維新後は藩閥政治のもとで長州出身者が政府の要職を独占し、初代の伊藤博文をはじめ、山縣有朋、桂太郎と続きました。この「政治家輩出の伝統」は戦後も受け継がれ、岸信介・佐藤栄作の兄弟、そして安倍晋三と、山口県は現代に至るまで総理大臣を生み出し続けています。一方で、2026年3月時点で総理大臣を一人も輩出していない県は20以上あります。
なお、地方のトップにも目を向けると、歴代都知事の一覧と在任期間ランキングでは、首都・東京を率いた公選9人のリーダーを確認できます。国政トップとの顔ぶれの違いも見えてきます。
歴代総理大臣の出身大学ランキング
歴代総理大臣の最終学歴を大学別に見ると、やはり東京大学が圧倒的です。
出身大学別・総理大臣輩出数
| 順位 | 大学 | 人数 | 主な総理大臣 |
|---|---|---|---|
| 1位 | 東京大学(東京帝大含む) | 15〜19人 | 吉田茂、岸信介、佐藤栄作、鳩山由紀夫ほか |
| 2位 | 早稲田大学 | 7〜8人 | 大隈重信(創設者)、竹下登、海部俊樹、森喜朗、小渕恵三、福田康夫、野田佳彦、岸田文雄 |
| 3位 | 慶應義塾大学 | 2〜4人 | 犬養毅、小泉純一郎ほか |
| 4位 | 京都大学 | 2人 | 濱口雄幸、池田勇人ほか |
※明治時代は大学制度が現在と異なるため、数え方によって人数が変動します。
東大が圧倒的1位なのは、戦前の帝国大学(特に法学部)が官僚養成機関だったことが背景にあります。官僚から政治家に転身するルートが主流だった時代は「東大法学部→大蔵省(財務省)or 内務省→政治家→総理」という黄金ルートが存在しました。
高卒で総理になった田中角栄の異例さ
歴代総理大臣のなかで、最も学歴のインパクトが大きいのが田中角栄です。新潟県の農家に生まれ、高等小学校卒業後に上京。建設業で成功したのち政治の道へ進み、54歳で総理大臣に就任しました。「コンピューター付きブルドーザー」の異名を持ち、日中国交正常化を成し遂げた人物です。学歴に関係なく実力で上り詰めたその人生は、多くの書籍で詳しく語られています。
田中角栄の生き方に興味がある方には、石原慎太郎著『天才』や早坂茂三著『田中角栄回想録』がおすすめです。
歴代総理大臣の覚え方【語呂合わせ】
学校のテストや受験で歴代総理大臣を暗記する必要がある方のために、定番の語呂合わせを紹介します。
「いくやまいまい おやいかさかさ」で覚える明治の総理
歴代総理大臣の覚え方で最も有名なのが、頭文字を並べた語呂合わせです。明治時代の総理はこう覚えます。
「いくやまいまい おやいかさかさ」
| 語呂 | 総理大臣 |
|---|---|
| い | 伊藤博文 |
| く | 黒田清隆 |
| や | 山縣有朋 |
| ま | 松方正義 |
| い | 伊藤博文(2回目) |
| ま | 松方正義(2回目) |
| い | 伊藤博文(3回目) |
| お | 大隈重信 |
| や | 山縣有朋(2回目) |
| い | 伊藤博文(4回目) |
| か | 桂太郎 |
| さ | 西園寺公望 |
| か | 桂太郎(2回目) |
| さ | 西園寺公望(2回目) |
リズムよく「いくやまいまい、おやい、かさかさ」と唱えると覚えやすいです。テスト前に10回唱えるだけでも、かなり定着します。
戦後の総理大臣の覚え方
戦後の総理は人数が多いので、時代ごとに区切って覚えるのがコツです。
高度経済成長期:「ひよあよは いきい」
→ 東久邇・幣原・吉田・片山・芦田・吉田・鳩山・石橋・岸・池田
昭和後期:「さたみふおすなたう」
→ 佐藤・田中・三木・福田・大平・鈴木・中曽根・竹下・宇野
平成〜令和:「かみほはむはおこあ ふあふあはのあすきいた」
→ 海部・宮澤・細川・羽田・村山・橋本・小渕・小泉・安倍・福田・麻生・鳩山・菅直人・野田・安倍・菅義偉・岸田・石破・高市
正直なところ、平成以降は人数が多すぎて語呂合わせだけでは厳しいです。頭文字の語呂合わせで順番を覚えたら、あとはそれぞれの総理が「何をした人か」をセットで覚えるほうが記憶に残ります。
受験対策には、歴代総理大臣と主な政策がセットでまとめられている参考書が役立ちます。山川出版社の『詳説 日本史研究』は大学受験の定番で、内閣ごとの政策が整理されています。
歴代総理大臣にまつわるトリビア・豆知識
ここからは、一覧表だけでは見えてこない歴代総理大臣の面白いデータを紹介します。
初の女性総理大臣・高市早苗の誕生(2025年)
2025年10月、高市早苗氏が第104代内閣総理大臣に就任し、1885年の内閣制度創設から140年にしてついに初の女性総理大臣が誕生しました。奈良県出身の総理大臣も歴代初です。2026年2月には衆議院総選挙を経て第105代として再度選出され、現在は第2次高市内閣として政権を運営しています。高市氏は神戸大学出身で、松下政経塾を経て政界入りしたキャリアの持ち主です。
総理大臣の年収はいくら?
内閣総理大臣の給与は、国会議員としての歳費(月額約129万4,000円)に加え、総理大臣としての上乗せ分(月額約115万円)があり、ボーナス(期末手当)を含めると年収は約4,060万円とされています。ただし、2025年11月に高市内閣は「身を切る改革」として閣僚給与の上乗せ分を当分カットする方針を決定しました。総理大臣には専用の公邸(首相官邸)もあり、その維持費は年間約1億6,000万円ともいわれています。
暗殺された歴代総理大臣
歴代総理大臣のなかで、暗殺や銃撃によって命を落とした人物は複数います。現職中の暗殺としては、第19代・原敬(1921年、東京駅で刺殺)と第29代・犬養毅(1932年、五・一五事件)が知られています。退任後に殺害された例としては、初代・伊藤博文(1909年、ハルビン駅で銃撃)、第20代・高橋是清と第30代・齋藤實(1936年、二・二六事件)があります。近年では2022年7月に安倍晋三元総理が街頭演説中に銃撃され死亡し、大きな衝撃を与えました。
最年少・最高齢で就任した総理大臣
最年少で総理大臣に就任したのは、初代の伊藤博文で44歳でした。最高齢での就任は、鈴木貫太郎の77歳です。なお、戦後に限ると最年少は安倍晋三氏の52歳(第1次内閣)となります。初の女性総理である高市早苗氏は64歳での就任で、歴代のなかではほぼ平均的な年齢です。
なお、防衛大臣から総理大臣になった中曽根康弘・石破茂らについては、歴代防衛大臣ランキング&一覧表でも詳しく解説しています。防衛大臣の歴代一覧や在任期間ランキングが気になる方は、合わせてご覧ください。
まとめ
日本の歴代総理大臣を初代・伊藤博文から第105代・高市早苗まで全65人、一覧表でまとめました。140年の内閣制度の歴史のなかで、山口県が8人と最多の総理を輩出し、東京大学が出身大学の圧倒的1位に立っていること、在任期間は安倍晋三氏の3,188日が歴代最長であることなど、データで見ると面白い傾向が浮かび上がります。
2025年には初の女性総理大臣として高市早苗氏が誕生し、新たな歴史が刻まれました。今後もこの一覧は新しい総理大臣が就任するたびに更新していきますので、ぜひブックマークしてお役立てください。

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